昨日、祖母と父とで墓参りに行きました。帰りに近くの梅林へ。もう梅も終わりの頃。あっという間に春です。
今年なぜかむしょうに気になるのが、木蓮です。
もともと好きな花ですが、蕾の頃からなぜか気になってしょうがない。遠くにあっても「おっ」と気づく。
先週はじめに、とうとう木蓮の木々に白い花が咲き始めました。ピークのときに雨が続き、これは・・・・見られないかも・・・・と思っていたら、案の定本日のお散歩でももう散り始めていました。残念。
だもので写真がありません。
撮りたい木蓮の木というのにもめぐり合えないんだよね。でもなんだろう、あれ。今年に限ってどうしてこんなに気になるんだろう。あちこちの庭先で、白い炎のような花が、光り輝いています。こんなに光る花だったっけ、と不思議に思う。
*
夕方からふうりんとおデイト。
そりゃもう喋り倒しました。途中で声が出なくなるほどに。
主に、劇団四季『Wicked』のことを。
ああー、もうまずいです、私。はっきり言って、早くWickedのことは忘れたい、とさえ思う。はまりすぎちゃって。ネットで調べたりすると、実に詳しい方というのはたくさんいるんだなあと感心しきりですが、わたしはあまり詳細を思い出せないです。劇場の様子とかを。
えーと、書いちゃいます。
舞台にいたね、わたしのタマシイは。
だもので、どの役者さんがどうだった、というよりも、もはやグリンダ(善い魔女)はグリンダでしかなく、エルファバ(悪い魔女)はエルファバでしかなく、つまりそれは「ミッキーマウスはミッキーマウスなんだよ」というかんじ。子供たちと同じレベルですね・・・・。
こういうのを「たのしい」というのだなーと改めて体感しました。
自分がどこにいるかも忘れてのめりこむ感覚。大人になると段々となくなってしまう、あの感じ。はー、また観にいこう、やっぱり・・・・。
*
そこから、一体なにが私にとって「楽しい」ことなんだろう、と列挙しました。
列挙しているうちに、あー映画の脚本を書いても書いても納得できないのは、楽しんでないからだな、と実に基本で実に当たり前のことを思い出しました。
当たり前のことが一番むずかしい。
昨年から撮る撮るといっている映画が全く進まず、進まないうちにどんどんと巻き込んだ人たちへの罪悪感が膨らみ、そっちが大きくなるあまりさらに書けなくなり、しまいにはテーマがナンなのか、ほんとにそれが書きたいのか、なんだかこれは苦痛ではないか、とドツボでした。毎日パソコンに向かって書きはするものの、翌日になると「ちがう」と。自分が書いたキャラクターが理解できない。
この「ちがう」は、つまり「書いてて楽しくない」なのだった。締め切りが迫ると書けなくなるのもこれだ。楽しくない。OL稼業は楽しくなくても何とかなるけれど。
それで、もう2年も前に某プロダクションの人に言われたことを思い出した。
「のぎくさんは、言われれば言われるほど書けなくなる人だ。だからもう言わない。言わないから自由に書いてみろ」
と、いうよーなこと。これってプロにはなれないよって言われてるようなものだが、そうかも・・・・。誰かを楽しませようとすればするほどドツボ。自分を楽しませよう、ふふふ、と思うとうまくいく。のだった。忘れてた。
「楽しもう!」と思っても楽しめるわけがないが、ちょっとそのことを考えた。どんなことを考えているときに自分がワクワクするのか、そっちに重点を置く。
とはいえ、脚本ができてももう誰も私の周りにはいないかもね・・・・などと自嘲気味に思う。当然だけど。
*
ふうりんとのデイトは最高に楽しい。でもここでの会話は私の好きな「女子ふたり会話」なので秘密であーる。むふふ。
*****
☆人気ブログランキングはこちら
☆ブログの殿堂はこちら
↑よろしければぽちっと応援お願いします。