家族

2007年11月11日 (日)

■MMシスターズの悲劇

2007_11110022 目覚めの言葉がサイアクでした。

「ニュース! 来月、M子とM美がうちに来るよ!」

って。母が。

私はつきのもの(また書いてしまいました、すみません)と寒さとで頭はがんがん、腹は痛いでただでさえひどい状態だったのですが、この言葉でずどーんと落とされました。

M子とM美、それは父の妹、つまり私にとってのオバであります。

この二人が強烈キャラでして。
常に二人行動、そしてヒステリック、なんといいましょうか、昼ドラ的というか、演技がかっているのですね。

「長男の嫁=いびるもの」という方程式があるらしく、幼い頃から「ずいぶんと意地の悪いおばちゃんたちだなあ」と思っていたものです。

その二人、祖母が私たちと同居することになった途端に、そのヒステリーを爆発させまして(財産うんぬんみたいですけど)、法事の席で突然泣き喚くは怒鳴り散らすは、もー大変なんです。見ているこちらが恥ずかしい。そしてその血が私にも回っていると思うと、気絶したくなります。

さて、祖母は結果的に近くのマンションに住むことになり、私たち家族と祖母とはひじょーに穏やかな暮らしをしているわけですが、それがまたM子とM美は気に入らないんですって。というか何をしても気に入らないんですよ、この人たちは。

そんなM子とM美を、彼女たちの実の母である祖母でさえ嫌っていて、「あの子たちはキツイからいやなんだよ」と敬遠する始末。

今回この二人は、なにやら相談をして、我が家にやってきて、今後の祖母のことを話し合いたいとか。

てか、我が家と祖母とでもう今後のことは決まってるんですけどね。それも伝えてあるんですけどね。もう、何が何でも騒ぎにしたいみたいです。めんどくさ・・・・。

大体話なんて電話で十分だというのに、仰々しく「電話じゃあれだから」「母さん(祖母)には聞かれたくないことだから」って。はい? 祖母を病院に連れて行ってるのは私たちなんですけど? 祖母に聞かれたくない話なんてしたくないんですけど? 大体ねー、あーだこーだ言ってくるけど、祖母の面倒を見てる私たちに向かって、

「あんたたちはワンルームで貧乏暮らしでもしてりゃあいいのよ」

って言ったのはどこのどいつでしょう。そう、そういうことを平気で言えるんですよー。そしてそれが私の親戚。恥ずかしいです。

さて、M子&M美のMMシスターズがやってくるというのは本当に嫌でして、私といもーとのNOシスターズ(のぎく&おにたー)は対策を色々考えました。

1)友達をたくさん呼んで、MMシスターズを無視してお好み焼きパーティをする。

2)映画の撮影といつわり、カメラを回しっぱなしにする。

3)外出する。

など。しかし外出は面倒くさい。大嫌いなMMシスターズのためにわざわざ出かけるってのが嫌だ。
撮影はいくらなんでも無理がある。
お好み焼きパーティは突飛すぎ。てかなんでお好み焼き。

ということで、どうなるんでしょう。分かりません。あーあ、憂鬱。またキーキーはんかちの角を噛みながら喚くんだろうなあ。とりあえず、どうなるか分かりませんがこちらで実況生中継でもしますか・・・・。イコール自分の恥さらしなわけですが。

2007_11110025_3

カメラを持ってちょっと散歩に行ってみました。
むずかしー。接写の方が何となく楽です。どうしてもマニュアルであわせることができません。本も買って、まだまだ勉強したいと思います。

オニター日記

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2007年10月 4日 (木)

■母おそるべし。

Ts3c0766 母が、また当てました。

近代映画社『スクリーン』のプレゼントに。

母は映画『300』や『オペラ座の怪人』で主演をつとめたジェラルド・バトラーに夢中です。もうすぐ60歳なんですけどね。

『300』が公開される頃の試写会は全部当たりました。ところが6月6日に行われた『300』のプレミアでは、

「やっとジェリーに会える!」

と大喜びで数時間前から参加したものの、若者パワーに勝てず。もみくちゃにされた挙句「年寄りもいるんだねえ~」と冷ややかな声を浴びて、髪の毛一本見ることができませんでした。もちろんサインなんて無理無理。

雑誌『スクリーン』では、1名様にこのサインのプレゼントを行っていました。

もちろん応募した(らしい)。

そして! なんと念願かなって、当選したのだそーです。
そりゃもう大喜びですよ。やっとやっと冥途の土産ができた、と。よかったねぇ。近代映画社の皆さん、ありがとうございました。おかげで今日はご機嫌な母でした。おかげで私、夕食作らなくて済みました。本当にありがとうございました。

で、早速額縁を買って飾ってる母。にっこにこです。

私は朝から部屋の掃除をしつつ、年金手帳探しに翻弄されていました。
大事な年金手帳~。

どうも大事なものほどなくす癖があるらしい。

結局、「大事なものだからいざというときのために大事に大事にしまっておこう」と半年前に決めた、デスクの奥の奥の奥の箱の中に入っていました。ダメだね、ここじゃあ! その他、緊急時にあったほうが良いと思われるさまざまな書類だの契約書だのも、全部ここに入っていました。全然いざというときの役に立ちません。考え直すことにしました。

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2007年9月 5日 (水)

■悪役バンザイ記

Ts3c0725 なにしろ『ボーッと連休』ですから、今日もまた書くことがありません。すみません。何も起こってません。

台風が近づいています。
明日の午後には関東上陸のおそれ、とか。
そんな日は猫とふたりで家に閉じこもって過ごしたいのですが、あいにく母といもーとも休み。なんてこったい。

昨晩、母といもーとがどうでもいいことで喧嘩したあげく、またもや気づくと『悪いのはこいつ(私)』ということになっていて、すんごーく居心地が悪いのです。

昔から不思議だったのです。
私、ずーっと黙っていてもど、必ず最後は悪役になってるんだよね。関係なくても。あーなんかやってるなあと思っていると、いつの間にか怒鳴られてるのは・・・・あれ、私?! みたいな。存在そのものがムカつくんでしょうね、きっと。

そんなカリカリした家族とひとつ屋根の下で台風が過ぎるのを待たねばならぬとは、これはもう悲劇です。早くひとり暮らしに戻りたい。戻るけどね。

本日は何度か土砂降りでした。
うちのじゅう(猫)が、ここ数日で、土砂降りになると腰を抜かすようになりました。なんで? なんで?

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2007年6月17日 (日)

梅雨はどこへいった

Ts3c0526 良いお天気。梅雨だなあと思ったのも先週の木曜日だけです。このまま梅雨明けしてしまうのdしょうか(と思っていたら、天気予報で「梅雨明けしてから梅雨入りします」ですって。びっくりぎょうてん)。

さて、本日は執筆デイ。
と思ったのですが、どうにもこうにも集中できません。集中力があまりにもありません。
むむーと頭を抱えていたら、母が携帯の機種変をしたい、と。そして、何も分からないのでついてきてほしい、と。まあお天気も良いことだし、散歩がてら、と出かけました。
写真の遠くに見えるのが、母バトラー。

それにしても。
母バトラー、私に頼りすぎです。あまりにも。
今月ほとんどの時間を母のために費やしたのではなかろうか。いいんだけど、今の御身分では文句も言えないんだけど。
機種変の申込書への記入まで
「のぎくー、やってー」
って。書け! 自分で書け! と思いつつ、書いてしまう私・・・・。このままでは老後が心配です。呼吸さえ「のぎくー、代わりに呼吸してー」とか言いそう。いや、十分今でもお年寄りなんですけれど、本人いわく
「色々やるのは老後にしよう」
なんだって。仕事辞めてから。
ああ、なんか『東京タワー』とか『眉山』みたいにはいかないんだよね。なかなか。仲は良いんだけど、たまにむっかーとさせられます。
昨日の吉祥寺会でも、
「男子にとっての母親と、女子にとっての母親は完全に違う」
という話をしたばかりです。うん、たぶん違う。仲が良いが、遠慮ないのでついつい、みたいなことが多い気がします。そしてイライラしつつも、お互いに何だかんだとつるんだり、色々とやってあげたりやってもらったり。自立しても嫁にいっても代わらないような気がします。どうなんだろう、知らないけれど。

帰宅後は、LISMOに音楽を取り込む作業を延々とやらされました。やりながら書きましたけれど、どうもしっくりきません。ああー。

今夜はいよいよ『アメリカン・アイドル Season6』のファイナルです。
ワクワクですが、来週から何を目的に生きていったら良いのかと、ちょっと途方に暮れたりもします。

ところで、昨日から立て続けに「落ちている手袋と靴下」を踏みます。謎です。
どうして毎日色んなところに(外ですよ)手袋と靴下が落ちているのですか。手袋3組、靴下2足。流行り?

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2007年5月 8日 (火)

■刺青とさくらんぼ

Ts3c0355 寝たのは3時なのに、朝8時にスッキリ起床。

朝のうちに、洗濯掃除ガーデニング。
我が家の庭、大変なことになってます。花屋敷。ご近所でも有名になってきて、色々な方に声をかけられる。
ありがとうありがとう。

写真は、お庭のさくらんぼ。赤くなってきました。

昨日の予告通り、FOX-lifeであめりかんどらまを堪能。マンゴプリン食べながら。
FOX、AXN、Discovery channel。この3局しか観ない。
ドラマのあと、『ヒーリングヨガ』という番組が始まったので、やってみる。
私の体が堅すぎるのか、レッスンを見せてくれる外人の手足が長すぎるのか(間違なく前者)、テレビの通りには動かない。
おまけに、
「息を吐きながら~…はい吸ってください」
とか言うんだが、外人は呼吸が短いのではないか?!と疑いたくなるような速さ。
あれに合わせていたら酸欠になっちまいます。
結局、首をグキッとやってしまい、10分足らずでリタイア。ナマステ~。

夜、ムニエルを作ろうとして失敗。急遽ムニエルサラダなるものを創作してみた。
これは多分二度と作らないだろう。

『放送禁止3~ストーカー地獄編~』をごろーんと横になって観ていたら、母が私の二の腕をツンツンと突く。
私「なに」
母「刺青いれなよ」
私「はい?」
母「ここ(二の腕)にいれたらかわいくない?」
私「タトゥーのこと?」
母「ちがう、刺青」
私「……」

無視。
てか、34の娘に刺青を薦めるな、60の母よ。

母はムフフーと笑い、ターシャ・テューダの本を観てガーデニング研究。

*****

いずれにしても今までの人生の何もかもがいつでも自業自得なわけで(私のばあい)。

山ごもり…

おやすみなさい。

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2007年4月19日 (木)

■サヨナラオバサン

この職場で働くようになって初です。
フロアががらーんとなるまで、残業してきました。だって全然思ったように片付かないんですもの。あまりにも量が多くて。私の仕事は、1ヶ月のうちにやることがきっちりと決まっている。好きな日に出勤して、それをとにかく片付ければよい、といういたって気楽な職場だ。派遣では珍しいくらい自由。
お金を稼ぎたければもっと出勤日数を増やしてもいいし、残業したければしていいし、朝早いほうが良ければ朝早く行けばいいし、あるいは「じゃあ午後だけ」とか「じゃあ午前中だけ」とかもあり。やることさえやれば、フルだろうが週2,3日だろうが(今はずっとこれ)何でもいい。
だもので残業を選びました。
本日中に終わらせたい仕事がいくつかあって、そのうちのひとつは肉体労働。ほんとうに恥ずかしいんですけれど、私、あまりにも汗びっしょりかいてしまいまして、トミコさん(上司)に制服のシャツをお借りしてしまいました・・・・。
基本的に寒がりなんだけれども、若年性更年期障害予備軍のせいなのかすごくのぼせるのね。ただでさえ社内も暑く、そこで肉体労働となると、もうフラ~っとくるんですよ。減薬中だし。でもこれ、今日中に片付けちゃいたい!! と思ってがんばっちゃった。
自分の部屋ならいくら散らかっても大丈夫なのに、会社はダメ。デスク周りに書類が散乱しているのもだめ。これは昔からです。不思議。あー、だから去年の清掃のお仕事も楽しかったんだ。
とにかく、いつ死んでも、デスクを見ればすぐにどの仕事がどういう状況かが分かる状態にしておかないと何だかすっきりしないんです。お仕事が終わった気がしないんです。

何はともあれ終わらせた・・・・。肩パンパンです。

*****

昨晩遅く(今朝未明、というのかな)、入院していた大叔母さんが亡くなりました。
母のおばさんに当たる人です。数週間前に意識を失い、その後は目を覚ますことなく、人工呼吸で生きていました。

会うことは滅多になかったおばさんですが、電話はしょっちゅうしていたし、手紙のやりとりもしてた。
彼女は一生涯独身でした。
私が知る限りでは、ピアニストとお付き合いしていたのが最後だった。そして、ずーっと銀座でママをしていました。独りで生きるのはとても大変だろうな、と今の私ならその苦労に思いを馳せることができますが、小さいころから「そういうおばさん」だと思っていたので、楽しそうにしか見えなかった。だっていつも本当に冗談を言って大声で笑っていたんだもの。

*****

小学3年生の頃、おばさんが私を養女に引き取る、と言ったことがありました。
海でした。
「養女になったら、もう学校なんて行かなくていいよ!」
とおばさんは言いました。私は目を輝かせ、それはいい!と思いました。そしておばさんは、
「学校なんか行かないで、あちこち旅行しよう。野菊はどこに行きたい?」
と聞きました。私は当時ライザ・ミネリやジュリー・アンドリュースが大好きな変な子供でしたので、すかさず
「あめりか!」
と答えました。アメリカは自由で、キラキラしたミュージカルをこの目で観ることができたなら、なんと素晴らしいことだろうと思っていました。ライザ・ミネリもジュリー・アンドリュースも、そのときはとっくに舞台にはいなかったけれども。

私は海を後にする車の中で、青空を見ながら、「わたし、あめりかに行くんだ! 学校に行かないで、旅行ばっかりするんだ!」と胸を躍らせていました。何て素敵な人生!って。

ところが帰宅後、その話を両親にすると、両親はカンカンに怒って、どうしてあんたを養女に出さないといけないのだ、おばさんはなんでそんなウソをつくんだ、と大変な騒ぎに。私の夢は半日で終わっちゃったのでした。

*****

私が脚本の勉強をしていると言ったら、それがどこでどう変換されてしまったのか、いつの間にかおばさんは電話のたびに
「あんた、作家先生になった?」
と聞いてきました。大人になっちゃった私はちょっと苦笑しつつ、なってないよ、と答えていました。最初の頃は本当に仕事を辞めて籠もっていたし、病気もひどい時期だったし、正直、わずらわしささえ感じていたのです。なれるわけないじゃん、と思ったりもしました。

おばさんからの最後の電話は、母宛のものでしたが、母は出ることを拒みました。お金の絡んだことだったので。大人の事情で。私もそれを知っていたので、代わりに話しました。ひとしきりおばさんは謝ってから、言いました。
「あんた、作家先生になった?」
って。私はもう元気だったので、「なれないんだよねー」って笑って答えました。
「結婚は? いいひと、いる?」
さらに私をドッキリさせる質問です。「いないよー」と言うと、
「あちゃー、それは災難だわ」
と。そして続けて言いました。「あんた、あたしの人生を書きなさいよ。あれよ、なんとか松子よりもずっと凄いからさ、面白いよー、今度話聞きにきなさいよ!」
そして、いつものように、ガハハと笑って、「もう死んじゃいそうだけどさ!」って言ってました。

それが、最後の電話。
そして最後におばさんと喋った親戚は、私だったってことも分かりました。
あの電話だったんだな。ほんの、2ヶ月くらい前のことなのに、おばさん、本当にあの世にいっちゃった。

*****

おばさんの人生がいかに壮絶で大変なものだったかを、私は両親からちらちらとは聞いていました。そこには例の「大人の事情」も絡み、まあ色々あったみたいです。母とも。もちろん母は、今連絡ができる唯一の親戚がそのおばだったので、普通に連絡はしていたけれども。最後の電話以外は。倒れてからは、なんだかんだと言いながらも、お休みのたびにお見舞いにかけつけていた。仕事の日も帰りに病院に行ったりしていた。母はおばさんを決して善人だとは言わないけれど、やっぱり好きなんだな、って思いました。

おばさんの話、聞けなかったなあ。
でも、長生きしていてもたぶん聞くことはなかったと思う。分からないけれど、そんな気がする。私は思いを馳せるだけだ。人生ってそんなもんだ。
そして、どんなに壮絶な人生だったとしても、おばさんはいつも楽しそうに見えたよ。それってすごい事じゃない? 私、それだけでおばさんはちゃんと人生を頑張って生きたんだな、って思える。たとえ、母には人間のドロドロした面を見せていたとしても、少なくとも私には一度も辛気臭い話はしなかった。いつでもげらげら笑って、バカみたいな冗談言って、「あんた、世の中もっと色々見たほうがいいよー、へえ~っていうこと、いっぱいあるからさ!」って受話器の向こうから耳がつーんとするほど大きな声でがなっていた。

*****

昨晩、私は全然寝付けませんでした。
おばの死を知ったのは今朝なのですが、昨日おばさんが亡くなることは、知ってた。
変な話なんですが、それに私には霊感も何もさーっぱりないんですが、こういうのってあるよね。人間も動物だし。だから知っているということをおかしいと思わなかったんです。

虫の知らせ。

母は、最後にお見舞いにいったとき(一昨日だ)、
「おばさん、死ぬときは野菊に知らせてね。あの子ちょっと変だから、分かると思うし」
って伝えたらしい。余計なお世話を! 怖いじゃないか!
でも、まんまと分かっちゃいましたわよ。

最初は帰りの電車の中で。
はっと、「今夜おばさん、死ぬな」って思った。
が、帰宅後もそのまま電話が鳴ることはなく、妙な言い方をすれば「おかしいなあ」って思ってました。そのくらい普通に「死んじゃうな」って思ったから。

そうしてお台所でぼーっとしていたら、文字通り「虫の知らせ」がやってきました。

突然、目の前に、ハチが止まったのです。
すごくびっくりした。ぴゅーんって飛んできたから。そして、私の目の前に止まって、じーっとしている。お行儀良くこちらを向いて。
咄嗟に「おばさん?」と聞いてみたけど、返事はない(当たり前)。

どうでもいいけど、私は虫をつかまえるちょっとしたプロです。家の中で発見された虫は、ゴキブリからコウモリまで(入ってきたことがあるのです)、全部つかまえて逃がしちゃいます。

ハチは私が動こうが、テーブルを揺さぶろうが、びくともせずにじーっと見ている。
だもので、のんびりと捕獲して、お庭に放ちました。

やれやれ、とテーブルに戻ったとたん、今度は何と、目の前に天井からミノムシみたいな虫がふわーんと降りてきたではありませんか。こんなに続けて虫が。
それは糸をたらして降りてきて、でも蜘蛛じゃなくて、なんだか分からないのだけれど。
また、
「おばさん?」
と聞いてみた。返事はない(やっぱり当たり前)。
そして、私がふーっと息を吹きかけても、じたばたしないでぶらーんとぶら下がっている。
またもや捕獲して、庭に放ちました。

何だか不思議な夜だなあ、と思いました。

布団に入ったもののなかなか寝付けません。
2時を回った頃、今度は突然地震が!!
あわわ~と思って飛び起きたら、地震ではなく、私の鼓動でした。アホでしょ。そしてその瞬間、
「あー、おばさん、死んじゃったな」
って思いました。そうして何だかすーっと眠りに落ちました。

電話のベルで目覚めました。おばさんが、2時すぎに亡くなったという知らせでした。
納得して、ほんとにおばさん、知らせに来たんだな、と思いました。
そして色々な大人の事情もあるので、私はそのまま仕事へ行くことになり、なんだかいつも以上にせっせと働いてしまったのでした。

*****

こういうことって単なる偶然なのだろうけれど、ちょっと面白いな、って思った。
「虫の知らせ」を本当に「虫」で知らせてくれたのだとしたら。そのまんまじゃん!
「あんたは頭悪いからさあ、ストレートにいったよ!」
っておばさんの笑い声がしそう。私が死んで、いつかまたおばさんに会ったら、絶対聞こう。
「あれって、『虫の知らせ?』」
って。

あまり会うことはなかったおばさん。
でも、色々教えてもらったんだな、って思った。
楽しむこと、笑うこと、これって本当は本当に大変なことだ。
それをやっていたんだな。私と血のつながった人が。じゃあ私もできるかな。

*****

おばさん。
本当にお疲れ様。がんばったね!!

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2007年4月12日 (木)

■にくたいとたましい

先日から意識不明の大おばのお見舞いに行ってきました、母と。
大おばは、母の叔母さんに当たる人。
なんだかんだとたまーに電話があったり、本を送ってくれたりしていて、会うのは実に10年ぶりとかだと思います。

今、大おばは管につながれて人工呼吸をしている。
機械の音と一緒に、胸が上下して息をしてる。

私は久しぶりに会う大おばの顔が、母とそっくりなのにちょっと衝撃を受けてしまった。夜のお仕事をしていた大おばは、いつもお化粧をしていて、母と似てるとは思っていなかったから。ああ、血がつながってるってこういうことなんだな、と思った。

額に触れると、暖かかった。
そうして、何だか本当に、心から不思議で不思議でならない気持ちになった。

大おばさん、今どこにいるんだろう? って思って。

医学は進歩していて、こうして、ほんとうだったらもう天国に行っているはずの人間も、人工的に生かすことができる。でも、その肉体は人間のそれでありながらも、機械によって動いてるんだ。そんなこと知っているはずだったけれど、目の当たりにして、とまどった。

「おばさん、野菊だよー」

と言ってみた。
もちろん返事はない。まつげも、ピクリとも動かない。

「おばさん、今どこにいるのー」

と聞いてみた。
もちろん返事はない。おばさん、この肉体の中にいるの? 
ほんとうはどこにいるの?

病院を後にすると、外は春らしい輝くようなお天気で、だけど私、なんだか自分がどこにいるんだかよく分からなくなってしまいました。
目眩がする・・・・。
薬を今日からさらに減らしたのでそのせいかも。

でもなんか、自分がこの世にいるのかどうかがよく分からなくなってしまったんです。私の肉体は自分の力で動いているけれど、みんないつかは死ぬ。当然のことだけど、それが何だか不思議でなりません。
もしかしたら、私だって大おばのように機械で動かされる日がくるかもしれない、いつか。
今通り過ぎたあの人も、電車で隣に座ってるこの人も、みんな生きてる。
「生きてる」というカテゴリーでくくると、機械につながれた大おばと私たちの間に差はない。

なんと説明したら良いのでしょうか。

本や映画やドラマやテレビや、新聞などなどで見る「脳死状態」というものが、一体全体どういうことなのか、突然に私は、「あたりまえ」って思っていた色々なこと、「知ってる」と思っていた知識を、本当は知らなかったのかもしれない、と思いました。

その奇妙な感覚はずっと残っていて、こんな時間になっても、なんだか自分が現実を生きているということがすごく実は不思議なことなのではないか、という変な空間にいます。
それで、もう深夜なのに、なんだかすごい渦の中に入ってしまって、まだお風呂にも入れずにいます。

母が、
「おばさんがんばってね」
と言ったので、私は
「おばさん、がんばったからもうがんばんなくていいからね」
と言ってみました。すると母も、
「そうだそうだ、がんばったもんね、がんばらなくてもいいからがんばって」
と不思議なことを言ってた。

私たちの言葉は、どこへ伝わるのだろう?
大叔母さんに? それとも、ふかーい井戸に放り投げる小石のように、異空間へ?
ああああ・・・・。

帰宅して、母とぼーっとリビングでシュークリームを食べながら、私は手帳に書きました。
『私に命に関わる何かが起こったら、管つながなくていいです。心マッサージも延命もしなくていいです』と。
これは健康なうちにやらないと、本当に大変なことだ。とりあえず書いておこう、って思って。

そうして、ふううう~っと思い、その後脱力して久しぶりにDS脳のトレーニングをやってみたら、ハタチでした。天才。

だけど私は異次元にいる感じ。
今この瞬間も、大おばさんの胸が機械によって上下していて、私は自分の意志でパソコンを打っている、というのが不思議でならないのです。

大おばさんの気持ちが、今、少しでも穏やかでありますように。
・・・・分からない。分からないことがもどかしい。

*****

昨晩、映画仲間から続々メールが来ました。
残念なお知らせのお返事が。
それをひとつひとつ読んでいたら、じーんとしてしまいました。
思っていたよりかーなーり落ち込んでいたけれど、なんか、本当にいい人たちに出会ったんだな、と。すごく平たい言い方で何なんですが。

「残念。じゃあ、次だね!」
とか
「こちらこそいい経験をさせてもらってありがとう!」
とか
「今がんばってるから、またサポートするよ!」
とか。

私、本当にダメな監督で迷惑ばっかりかけていたのに・・・・。ぴあフェスには落っこちたけど、なんか大事なことを教えてもらった気がします。ありがと、みんな。『映画を撮った』ということは、みんなには大変な労力を強いてしまったけれど、私個人にはとってもとってもおおきな力になったな、って。ありがと。

ジュ先生からも暖かいメールが届きました。ありがとうです。

それでも深夜までかなり落ち込んでいました。今はもう、元気。

*****

ああ、お風呂に入るのも何だか怖い。
減薬のせい? 春のせい?
薬は関係ない気がする・・・・。これ、ほんとにやめられそう。

何はともあれ私は生きるのだ。

次の作品、がんばろう! 

「にこにこ~(^-^)」(←『亀は意外と速く泳ぐ』より、私のいちばん好きな台詞。)

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