一昨日、思いきりあまーい恋愛映画でキャメロンパニック発作(なんじゃそりゃ)を起こしてから、もう体調サイアクです。むかつきます。文字通り、胸と胃がムカつきまして、胃薬を飲んだのですがそれでもどうにもならないくらいです。食欲もありません。そしてその体調の悪さに、自分に対してもムカついています。
だもので昨日は一日中家事以外は眠りこけました。いくらでも眠れます。おかげで、参加するつもりだったオーカワボーンズ家の花見に参加できませんでした。いや、気づかず死んでいました。て、なんでまた私がオーカワボーンズの家族行事にまで顔を出すかって話ですが、声かけてもらったんだもん・・・・。
今日もひきつづき調子はサイアク。今にも吐きそうです(お食事中の方ごめんなさい)。
でも、このままではいかんと思い、櫻を観に近所の公園へ這うように行ってみました。が、そこは人人人。去年は平日の朝行ったので、満開の桜を独り占めできたのにな。すぐ引き返しました。
やっぱり無理です。
どうした、私!!
ここ数日恐ろしいほど調子が良かっただけに、悔しさがこみ上げてきます。泣きたいくらい悔しいです。どんな風な症状かといいますと、
1)動悸。
2)とにかく息が苦しい。
3)吐き気。
4)ぐるぐる回る目眩。
5)震え。
6)発熱。
7)割れるような頭痛。
うーんうーん。もういやだ・・・・治りかけているんじゃなかったの、私・・・・(泣)。
幸いひどいマイナス思考はありません。てか何も考えられません。ただ、一生こうだったらどうしたらいいんだ、とか考えると悲しくて悔しいです。治ったと思ったら酷くなったり、の繰返しだったら、どうしよう、って思うと怖い。
課題どころじゃありません。キーを打つのもやっと。ぐぐぐぐやじぃ~(まことちゃん風に)。
ああああああ。
顔もまっちろです。パニック発作などにまったく理解の「ない」優しい家族までもが、病院に行ったほうがいいんでないかと言います。・・・・行きません。だって私、治ってきていたはずなんですよー。そんなバカな、が今の状態です。本当に悔しい。
鬱ではなかったんですけれども、まあ似たようなもので、治りかけが一番大事、とはよく聞きましたし、私も書きました。これ? これのこと? この恐怖のリターン? 好転現象? 知らない。どうでもいい。どうでもいいから今の状態から抜け出したい。うううう吐きそうだ。でも吐かない。胃薬がもったいないから。肌荒れも恐ろしいことになっています。
ちょこっとだけ昼間調べたところ、治りかけのときって過眠になったりするんだってー。
そうですか。そして、やっぱりこういう突然の落とし穴といいますか、好転現象はあるらしいです。私は今の状態を「治る一歩手前の暗闇」と名づけました。金八先生も言ってたじゃないですか。「夜明け前が一番暗い」って。それだ、それだよー!!
と、自分を励ましてみたり・・・・。
どうか私の肉体よ、この時期を乗り越えておくれ・・・・。
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私の大おばさんが、死んじゃうそうです。
正確に言うと、母バトラーの叔母にあたる人で、長年銀座でママをやっていました。
今、延命措置で何とか生きていますが、明日には死んじゃうそうです。状態的にも。
あまり深い付き合いがあったわけではないのですが、親戚が母バトラーしかいないため、決定権が他にないのだそうです。非常に難しい問題です。
私にはピンと来ません。
大おばさんは豪快な人で、強盗を説得して自主させたこともあるような人です。先月も電話で、
「あんたさー、ちゃんと書いてるの? あたしの伝記書きなよ! 豪快だよー! 嫌われ松子なんて甘っちょろいわよ!」
と、わっはっは、と笑っていた。なのに死んじゃうんだね。
延命云々に関しては、大おばと何十年も一緒に暮らしていた女性が決めていただくことになりました。大おばのことを誰よりもよく御存知なので。
お医者様の説明では、もうどうしようもないところまできているらしいのです。私は実際はよく分からないのですが。微妙です。なんだか不思議な世界です。
延命って。
延命措置がなかったらとっくに亡くなっている人が、延命措置の機械のおかげで今とりあえず生きていて、そして、明日誰かの決断によって死ぬかどうかが決まる、なんて。生死の問題はどんどん複雑になっている。昔の宗教観ではもう計れないところにきている、と思う。
倫理的には、母は明日人殺しになるんだろうか。
神様がいるのなら、そのことをどう捉えるのだろうか。
大おばの魂は、今どこにいるのだろうか。
これこそ、ドラえもんの世界だ。テレビ&カメラつき、電車にも乗れる携帯電話といい、延命措置で人の死を人が決める時代といい、どうたらこうたらといい、SFの世界を私たちは生きているのですね・・・・。
個人的には、母方の親戚に関して、私はなんだか命というものを越えたものを幼少時代から持っているので、死んじゃおうが生きていようが生き続ける、という気がしてなりません。うまくいえませんけれども。なんて説明したらいいんだろう。死んじゃったから終わり、という人々ではない、という気がするのです。
物心ついたとき、魔女の本を読んだ私は、「母方の親戚(女系)は全員魔女か!」と解釈していました。なんでだろう。生命を超えた何かを感じていたんだよね。
・・・・と、書くことも朦朧としてますが、具合悪いくせによく書くねえ、私。
ああ、書きながらも世界がぐらんぐらんに揺れています。
甘い甘い恋愛映画、死の床にある大おばさん、私の体調不良と眠り病、満開の桜。
それらが、私を何だか現実の世界から強烈な勢いでひっぱがすのです。そして世界がぐるぐる回るのです。
なのに世界は普通の顔をして今日も動いている。
そして私も、自分では異次元にいる感覚なのに、その現実世界の中にくっきりと埋め込まれている(らしい)。そのことが何だか不思議に思えてしまう、春の夜。
春の空気には、確実に魔物が住んでいますね。